共存共栄
最近、「売れ続ける理由 一回のお客を一生の顧客にする非常識な経営法」という本を読んだ。仙台近郊の秋保温泉にある、秋保おはぎで有名な「主婦の店・さいち」の経営者が書いた本だ。本を読んでみて感じたのは、京セラの創業者である稲盛和夫氏の経営手法や哲学に似ていると思ったことだ。
従業員を大切にする一方で厳密なコスト管理を従業員に自覚させる姿は、大企業の経営者と小さなスーパーの経営者という違いはあっても共通するものだ。そして、お客様の利益と従業員の幸福を守るために必要な利益追求を決して疎かにしないことが永続的な事業を可能にするというブレない哲学があるように思う。
そして、著者の最も大切にしていることは「共存共栄」だという。一般的な経営者の哲学とは、ちょっと異なる経営感覚は、自身の成功体験から生まれてきたものだけに説得力があるのだと思う。テニスの錦織圭が今、注目を集めているのも結果を出しているからだろう。優れた才能や技術があってもそのノウハウを人に伝えていくためには、結果を出しているという実績がなければ、誰も学びに来ないだろう。
無論、成果だけがすべてではないし、結果を求めて努力したからこそ成果があるのだと思う。残念ながら運・不運という要素や時代背景によっても結果は左右されるのも事実だ。しかし、そうした要素は、競争に晒されている事業者すべてに当てはまるものだ。そうした競争の中で葛藤しながら研究し、努力したから結果があるのだ。他人のせいにするのではなく、困難を克服する努力の先にしか成功はないように思う。だから、著者は、ライバルとなる大手コンビニやスーパーの進出を歓迎し、共存共栄の中で結果を出し続けているという。
無添加のお総菜
どうして共存共栄の中で結果を出し続けられたのか。毎年、売上げが増え、利益を出し続けられたのかがこの本を読むと分かる。「さいち」は、売上げの半分を惣菜部門が稼ぎ出している。そして、その惣菜部門の過半数は「秋保おはぎ」の売上げだ。惣菜にレシピはないという。すべては、専務である奥さんが独自に考案したものだ。本格的に料理の勉強をしたことはなく、家庭の味を追求し続けた結果、生まれた商品ばかりだ。
ただ惣菜には、決して食品添加物を使わないという経営理念が貫かれている。現在の健康志向に便乗したわけではなく、創業時から守ってきたルールだそうだ。安全性の問題もあるが、食品添加物を入れない方が、おいしくて何度も食べたくなり、食べ飽きないからだという。その代わり日持ちがしない。おはぎの消費期限は当日限りで販売されているそうだ。
しかし、そう聞くと私は耳が痛い。私の家では、買い物は、週1・2回、まとめ買いするようにしている。夫婦二人なので、一度に使えきれないリスクを考えてできるだけ消費期限の永い商品を選んで買っているからだ。消費期限が永いということは、それだけ食品添加物が入っている商品を買っているということだ。
最近は、商品を買うときに商品添加物が入っているかどうかを見るようにしているが、スーパーで買う商品で無添加の食品はほとんどないように思う。それは、大手スーパーは、大量仕入れのため流通にどうしても時間がかかり、売れ残りリスクが高いため、消費期限の永い食品添加物入りの商品を仕入れざるを得ないからだろう。
「さいち」では、添加物を使わないためにお総菜は、当日必ず売り切り、廃棄ゼロにすることで安く、商品をお客に提供する努力を続けているそうだ。つまり、売上げに占める惣菜部門の比率が50%というスーパーでは“非常識”な販売形態と廃棄ゼロによる低価格が「さいち」の他ではまねのできない優位性を生み出している。こうしたことは、大手のスーパーではほぼ不可能だろう。
だから、「さいち」は周囲に競合店ができても、その競合店の客が、競合店で買えないお総菜を買いに来て、他の商品もついで買いしてくれるので、売上げが減るどころか増えるという。他にはない、秋保おはぎ等の無添加惣菜が、他店との差別化を可能にしているそうだ。
商圏が狭いから競争すれば共倒れになると愚痴を言いたくなる環境でも差別化することにより、商圏外から客が来て売上げが伸びることを「さいち」は、実証している。現在は、チラシも作成せず、代わりに従業員の接客力を増すことでかえって利益につながっているという。チラシを打ったときは、売上げが一時的に増えるが、結局、チラシの安売り商品の売上げが伸びるだけで利益が出るどころか、赤字だったという。
ところで「木になる芽7」で触れた赤字の路線バスについても「さいち」のような他にない差別化を図ることで共存共栄の道があるのではないだろうか。また、沿線に他の地域にないスポット(必ずしも施設という意味ではない。)があれば、そのスポットに行くためにバスを利用する人が増えるのではないだろうか。
ただし、NHKの朝ドラ効果のような一時的なものは、地域の持続的な発展にはつながらないと思う。関心が薄れれば、短期間で利用者は離れていってしまうだろう。絶え間ない、工夫と努力なしには、差別化が図れないような他ではまねのできない目玉が必要だろう。それは、例えば秋保おはぎのようなものだ。
*「利他の心」「嘘を言うな、人をだますな」、稲盛は27歳で京セラを立ち上げてからの半世紀で培った経営哲学を懇々と説く。
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